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戸田造船郷土資料博物館

プチャーチンと戸田村の関わり
1854年12月22日
プチャーチン一行は下田に上陸。日本側の全権筒井政憲、川路聖謨らと下田における第一回目の交渉に臨んだ。長崎依頼の懸案、領土問題を含む交渉は難航を極めた。

 翌12月23日、プチャーチンは下田湾に停泊中のディアナ号で津波に遭遇する。大津波は下田の町を飲み込み破壊した。ディアナ号も津波に翻弄され座礁。ディアナ号は岩礁によってキールを傷つけ船底を破り自力で回航できないほど大破した。津波が治まった後、タールを塗った帆布で破れた船底を補修し、四六時中ポンプで水を汲み出して沈没を防いだ。破滅状態の下田の街を見たプチャーチンはディアナ号の惨状をものともせず、人道上の立場から街の復興を医療活動に手を貸したいと川路に申し出るが、日本側は条約締結交渉中であるからという理由で辞退する。しかし川路は座礁し浸水著しいディアナ号から、搭載していた砲を下田港に下ろすこととディアナ号の修理を許可した。
 これまでの米国との交渉とは異なり、日露両国間の交渉は、相手国の立場を尊重しあい問題点が生じればそれを乗り越える努力を重ねることで、より互いの理解が深まった。川路の怜悧な頭脳と器量の大きさ、先進性を持つ政治姿勢とプチャーチンの真摯な人格と忍耐強さ、大きな人間性が交渉を前進させた。

 ディアナ号の遭難により交渉は一時中断され、幕府はその修復に伊豆半島内の港を使用することを許し、プチャーチンは修理に適する場所を求めて半島の東西沿岸を部下に調査させる。やがて西海岸の戸田村に修理に最適な良港を見つけて、大破したディアナ号を日本の助けを受けながら曳航する。しかし、またも暴風に見舞われ駿河湾宮嶋沖で沈没。このディアナ号の曳航、救助にあたって沿岸の漁民の協力を受ける等、日本の誠意ある対応にプチャーチンの感謝の念はより高まっていった。

 ディアナ号を打ちなったプチャーチンは条約が成立した暁に、帰国する代艦の建造を計画し幕府に願い出た。川路とその上司である老中阿部正弘の開明性もあってロシア人による洋式外洋船の建造技術をロシアから学ぼうと積極的に資材と人材の手配に力を貸した。

 現場の監督として戸田村を治める韮山代官の江川太郎左衛門が任命された。江川太郎左衛門は海防に関する見解を西洋流鉄砲についての卓越した知識から、以前からその才を老中阿部正弘に認められ、海防掛に抜擢されていた。すでに1841年には私塾「江川塾」を開き、佐久間象山、川路聖謨、橋本左内等の俊才が名を連ねている。また、その中に土佐室戸岬沖で遭難、漂流して米国捕鯨船に救助された中浜万次郎(ジョン万次郎)もいた。救助された中浜は米国マサチューセッツ州の篤志家の栄所で語学・数学・測量を学び独力で帰国する。異例のことであるがその経験を可をする阿部正弘によって幕臣に取り立てられ、江川太郎左衛門に伴なわれて訪れている。

 ペリー艦隊が来航してから3ヶ月ほど後、黒船パワーに動揺した幕府は大型船建造の禁を解き浦賀奉行所に軍艦の建造を命じている。これは浦賀奉行所の与力、中島中島三郎助が上申した洋式軍艦建造の意見書を幕府が取り上げたものである。洋式軍艦建造の任にあった中島三郎助はペリーが浦賀に来航した折、艦隊の旗艦サスクエハンナ号に浦賀奉行所の与力でありながら副奉行として乗船、黒船に足を踏み入れた最初の日本人である。以前から洋式船を研究していた中島三郎助はチャンスとばかりに船内を観察し、時には指で計るなど細部を調べた。そのどん欲な探究心に、対応した米国士官もたじろぐものがあったという。幕府が米国からの国書を受領した後、サスクエハンナ号に招かれた中島三郎助は正式に船内を案内された。できる限り採寸し、砲や銃、石炭で稼動する蒸気機関を見学する。この後に中島に下された命は、ペリー再来の時までに洋式軍艦を建造することであった。しかし、ペリーは翌1854年2月に予定を早めて再来航したため、それには間に合わず数ヶ月遅れで洋式軍艦が完成した。この日本人による大型洋式軍艦は砲10門を搭載し「鳳凰丸」と命名された。しかし概観は洋式でありながら条件の悪い航海では船体は歪み、完全な洋式船といえる代物ではなかった。

 鳳凰丸に満足しない幕府は中島に戸田村への出張を命じた。
設計図面を基にした洋式船建造現場でプチャーチンのヘダ号の設計図面を起こすためである。中島と伴われた浦賀の船大工はヘダ号建造の場で現場監督の船匠上田寅吉に出会う。上田寅吉の案内で半月をかけてヘダ号を細部に渡って採測した。この後、戸田で造られた洋式船は6隻、この地方が君沢郡と言われていたために「君沢型」と命名され日本の洋式船の基となり日本各地に伝わっていった。
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